近年、「私たちは木を植えています」という企業のCMや、
ポスターなどをよく見かけるようになりました。
そこでなぜ植林なの?と思うのは私だけでしょうか。
企業の森林への関わりは植林だけじゃないはずなのに、
なぜ植林が人気なのでしょう?
「木を植える」と「木を伐る」では、だいぶイメージが違うからでしょうか。
では「木を植える」と「木を育てる」では?
どちらかいうと「育てる」の方が責任感を感じられる気がします。
発想の転換ですよね。

例えば、

森林を社員やステークホルダーの教育やリフレッシュの場に使う。
     ↓
社員のチームワークやリーダーシップが育ったり、新しい発想が生まれたりする。
やる気が出て、労働効率が上がる。

二酸化炭素の吸収源として、木を育てる・使う。
     ↓
社会的責任に応えることで企業イメージがあがり、売り上げが伸びる。

企業は営利を目的としています。
たまに「社会貢献と業務が結びつかなくて・・・」と耳にしますが、
ちゃんと利益に結びつく「知識」と「創造力」そして「発想の転換」があれば、
企業と森林はもっと多様な関わり方できるのではないでしょうか。
松本さん、村田さん、
ご意見ありがとうございます!

「ボランティアということに関する教育を受けてきていない」
「今何らかの行動を起こしている人が、
自分の周囲に一人ずつの「共感者」を作っていく」
「水や食、今盛んにニュースになっているアスベストの問題等とちがって、
森林が荒廃したら自分の身に何が起きるのか、どう困るのか、
ということが実感しにくい」
などといったコメントをいただきました。

では、「共感者」を作ったり、身近な問題と実感できるようするには、
どうしたらよいのでしょう?

「こんなことをやったら仲間が増えた!」という、いい方法や、
逆に、「イベントをやっても人が集まらない」
「体験には来てくれるけど、その後が継続しない」といった、
悩みなども聞かせてください。

ご意見をお待ちしております。
日本の社会活動や企業活動も、森林が支えてきた自然の摂理の上に成り立っています。
住む家があり、空気を吸って、水を飲んで・使って、食事をして…
人としての生活が成り立たなければ、社会活動や企業活動も行えません。
しかし、石油エネルギーをはじめ外国産資源に頼る生活を始めた日本人は、
森林や里山と分断されても生活できるようになってしまいました。
人が入らなくなった森林や里山は荒廃が進んでいます。

今、この分断されてしまった事実に気づき危機感を抱いた人たちが、
人と森林、都市部と農山村地域をつなぎ直す活動を始めました。
しかし色々と弊害があるようで思うように人が集まりません。
なぜでしょうか?
都市部の人々は森林や里山に関心がない?
それとも潜在的に関心があるのに動けない?

都市部の人たちが森林や里山での活動に積極的に関わらない、
あるいは関わりたくても関われないのはなぜでしょう?

情報がない、時間がない…関心がない…何でも結構です。
"comments"に書き込んでいただければ幸いです。
率直なご意見お待ちしております。