「環境教育」「森林教育」
同じ自然の中で行われる教育でも、ずいぶん違うようです。

例えば、同じ森林の中で子どもを対象にした場合だと、
「環境教育」=森林などの自然をフィールドに環境のことを学んでもらう
「森林教育」=森林・林業問題を、体験を通じ子どものころから学んでもらう

この違いから、環境教育をテーマにしたシンポジウムなどの集まりを行うと森林教育に関心がある方がほとんど来ないし、逆に森林教育をテーマにすると環境教育に関心がある方はほとんど来ません。
まるで環境省と林野庁の管轄の違いのようにはっきりしています。
しかし、森林の中で子どもに何か伝えたいという思いは同じではないのでしょうか。
双方とも、とてもいいノウハウが蓄積されています。
例えば、環境教育は自然の中で子どもたちの五感を働かせ、楽しませるいいプログラムをたくさん持っているし、森林教育では森林を取り巻く社会状況を分かりやすく説明し、安全に林業体験ができるプログラムを持っています。

行政の縦割りではないのだから、
もっと情報交換して協力しあえばいいのに…

そんなことを考えている時に
「森林環境教育戦略会議2005in白川郷」(主催:全国森林組合連合会)が開催されました。

おぉ!「環境教育」と「森林教育」が混ざってる!
どんな方が参加するのだろう??と楽しみに参加しました。

・・・やはり両極端の方はあまり来られないのですね。
特に、全森連主催なのに林業関係の方の出席率が良くなかったようです。

ただ決してこのような集まりは無意味なものではなく、
いろいろな成果もありました。
その成果は「白川郷宣言」↓としてまとまっていますので是非ご参照ください。
http://www.zenmori.org/feenet/index.shtml

年1度の集まりで、継続的な動きになるのか疑問です。
集まりやすい東京で各プロジェクトのワーキンググループを作って、
実施スケジュールも決めて・・・
せめて、このぐらいはやりたいところです。

やろうかなぁ…。
先日、森林ボランティアの体験ツアーに行ってきました。
体験の内容はノコギリでの間伐と、森林に親しむ企画など。
40名弱の参加者うち間伐の未経験者がほとんどで、
間伐した本数は4時間で3〜7本/人というところでしょうか…。

林野庁は地球温暖化防止をはじめ、
健全で多面的な機能を発揮する森林を育成するため、
概ね90万ヘクタールの森林を、緊急かつ計画的に整備する
「間伐等推進3カ年対策」を打ち出しています。
その対策を推進するための条件整備として、
「森林環境教育や森林ボランティア活動への支援を通じて、
間伐等森林整備の重要性に対する国民意識を醸成する」とあります。

作業量だけをみると、90万ヘクタールを目標にしているのに、
森林ボランティアのペースでは期待するわけに行かないですよね。
もちろんボランティアでもチェーンソーを使いこなす、
プロ級の技術を持った方もたくさんいますが、
林野庁が期待する森林ボランティアは「国民意識の醸成」なのです。

でも、「国民意識の醸成」が目的なら、
クール・ビズぐらいのムーブメントを起こせないのでしょうか?
林野庁でセンスがないから無理というなら私たちがやるしかありませんね!
当社でもいろいろと企んでいますが、
もしご興味があれば、一緒に仕かけていきませんか?
近年、「私たちは木を植えています」という企業のCMや、
ポスターなどをよく見かけるようになりました。
そこでなぜ植林なの?と思うのは私だけでしょうか。
企業の森林への関わりは植林だけじゃないはずなのに、
なぜ植林が人気なのでしょう?
「木を植える」と「木を伐る」では、だいぶイメージが違うからでしょうか。
では「木を植える」と「木を育てる」では?
どちらかいうと「育てる」の方が責任感を感じられる気がします。
発想の転換ですよね。

例えば、

森林を社員やステークホルダーの教育やリフレッシュの場に使う。
     ↓
社員のチームワークやリーダーシップが育ったり、新しい発想が生まれたりする。
やる気が出て、労働効率が上がる。

二酸化炭素の吸収源として、木を育てる・使う。
     ↓
社会的責任に応えることで企業イメージがあがり、売り上げが伸びる。

企業は営利を目的としています。
たまに「社会貢献と業務が結びつかなくて・・・」と耳にしますが、
ちゃんと利益に結びつく「知識」と「創造力」そして「発想の転換」があれば、
企業と森林はもっと多様な関わり方できるのではないでしょうか。
松本さん、村田さん、
ご意見ありがとうございます!

「ボランティアということに関する教育を受けてきていない」
「今何らかの行動を起こしている人が、
自分の周囲に一人ずつの「共感者」を作っていく」
「水や食、今盛んにニュースになっているアスベストの問題等とちがって、
森林が荒廃したら自分の身に何が起きるのか、どう困るのか、
ということが実感しにくい」
などといったコメントをいただきました。

では、「共感者」を作ったり、身近な問題と実感できるようするには、
どうしたらよいのでしょう?

「こんなことをやったら仲間が増えた!」という、いい方法や、
逆に、「イベントをやっても人が集まらない」
「体験には来てくれるけど、その後が継続しない」といった、
悩みなども聞かせてください。

ご意見をお待ちしております。
日本の社会活動や企業活動も、森林が支えてきた自然の摂理の上に成り立っています。
住む家があり、空気を吸って、水を飲んで・使って、食事をして…
人としての生活が成り立たなければ、社会活動や企業活動も行えません。
しかし、石油エネルギーをはじめ外国産資源に頼る生活を始めた日本人は、
森林や里山と分断されても生活できるようになってしまいました。
人が入らなくなった森林や里山は荒廃が進んでいます。

今、この分断されてしまった事実に気づき危機感を抱いた人たちが、
人と森林、都市部と農山村地域をつなぎ直す活動を始めました。
しかし色々と弊害があるようで思うように人が集まりません。
なぜでしょうか?
都市部の人々は森林や里山に関心がない?
それとも潜在的に関心があるのに動けない?

都市部の人たちが森林や里山での活動に積極的に関わらない、
あるいは関わりたくても関われないのはなぜでしょう?

情報がない、時間がない…関心がない…何でも結構です。
"comments"に書き込んでいただければ幸いです。
率直なご意見お待ちしております。