当社が事務所を置く東京都内でも、ようやく緊急事態宣言が解除され新型コロナウイルスと付き合いながらの社会経済活動が始まりました。緊急事態宣言が発動されていた期間は、在宅勤務や密にならない工夫をしながら業務を進めておりましたが、やはり常にストレスを背負っての日々でした。おそらくこのストレスともしばらくは付き合っていかなければならないのでしょう。
 さて、時世というのもあり、私も以前より報道番組を見聞きするようになりました。当然ながら、その多くがコロナ関連のものになります。報道番組の中では、様々な専門家(感染症研究者、医療従事者、経済学者、政治家等)から、単なるコメンテーター、司会者等が様々な考えや意見を発しますが、これまでの平和な時代においては、報道番組であってもいかにシナリオや編集が重視されていたかがわかります。今はコロナ禍の影響で、日々変わる情勢下ではシナリオはつくりようがないし、編集は間に合わないので、ライブで聞き手にしっかりと伝わる説明や話し方が出来る方が本当に少なく、こんな番組でいいの?って思えてしまうものがいくつもあります。それは意見の良し悪しでは無くて、質問の答えになっていない、薄っぺらな考えしかなく議論になっていない、あるいはそもそも説明をしている方がその内容を十分に理解していない、同じことの繰り返し等、聞いていても全く伝わってこないということです。
 以前、東京オリンピック2020の招致合戦を行っていた時の日本代表のプレゼンテーションはそれなりに人の心を打つものでした。あれができたことが東京招致に近づいたのだと思います。もちろんあのプレゼンテーションには緻密なシナリオがあり、それぞれのプレゼンテターがプロの指導を受けて何度も練習した成果であることは誰もが知ることだとは思いますが。それに比べ、昨今の報道番組を見聞きしていると、中身のあることを話せない人がたくさんいることに驚かされます。そもそも報道番組なのでシナリオに頼らず、出演者が自分の考えや意見を責任をもってきちんと述べるべきなのに、普段から何も考えていないのか、話すこと、伝えることの訓練不足なのか、聞き手側に全く響いてきません。あげくには、つい先日発言していた内容とは全く真逆の話を後から作成したシナリオ通りに悪びれもせずに発言して(させられて)いるのを見てしまうと、不信感を越え虚無感に打ちのめされた気分になります。人に何かを伝えたり、説明したりする場合、その人が日ごろからそのことを深く考え、思いを持って、矛盾が無く、伝え方を選んで発しないと何も伝わってこない。特に社会情勢に大きな不安、あるいは不信がある中であればなおさら、発言する内容や判断・決断した根拠を示し、何より自らの言葉に重い責任を持って発しないと納得しない、信頼など得ないということを多くの方々が感じたのではないかと思います。
 私自身、研修等の仕事で伝えることやプレゼンテーション技術について話をさせて頂く立場ではありますが、恥ずかしながら、この伝えること、プレゼンテーションすることがこんなにも難しく、奥深く、責任のあることだと改めて気づかされた次第です。「人の振り見て我が振り直せ」という声が聞こえたような気がします。これを忘れず、今後どのように研修等の中で活かしていくか、早々に考え対応していきたいと思います。
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