寄り合いひろば

森林と里山の保全・有効活用を本気で考えるブログ
S.P.FARMが提供する当ブログは、 森林を取り巻くさまざまな立場の方々とつながり、森林と里山の保全・有効活用を実現する「寄り合い」の場です。
S.P.FARMは 都市と農村、企業と森林をつなぎ、新しい “森林活用のかたち”をご提案することで、 日本の森林・里山を有効的に活用する新しい社会システムの構築をめざします。
  「企業との連携による森林再生・活用プロジェクト構想」http://www.sp-farm.com/moriduku.html(S.P.FARMのHP内)も是非ご覧ください。
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“できる講師”は「自信」と「確信」がバランスよく備わっている
 長年、研修のファシリテーターを実施していますと、いわゆる“できる講師”とそうでない講師の違いが少しわかってくるものです。講師たるもの、人に教えられるだけの高い知識と技術は備わっているのは当然ですが、その上に乗っかってくるものの有無で“できる”かそうでないかに分かれるのです。ズバリ、その上に乗っかってくるものとは「自信」と「確信」です。一見違いがわかりにくいかもしれませんが、「自信」とは必ずしも証明できるとは言い切れないかもしれないが、自分の信念として正しいと信じ得るもののこと。
他方「確信」とは、客観的かつ論理的な根拠に基づいて正しいと言えるものと解釈したいと思います。“できる講師”はこの二つをバランス良く持っています。中には「自信」だけはしっかり持ってはいるものの、自分の思いや気持ちだけを熱く語り過ぎ、根拠や裏付けが見えないことから説得力に欠ける、ひどい場合にはうさん臭さがにじみ出ている講義をする人がいます。逆に、しっかりと客観的な視点から根拠をもって「確信」をつきながら講義を行っている人もいます。私がファシリテーターを多く担当した環境や森林・林業等の研修の講師などは後者のタイプが断然多いように思います。ただ、これも行き過ぎると単に「論」を並べただけのつまらない講義、何も残らない講義になってしまいます。寝ている研修生が多い講義がその典型です。

“できる講師”はこのことを理解していますので、「自信」と「確信」の両方をきちんと講義の中で表現しています。「確信」のあることを「自信」を持って伝えている、あるいは魅せていると言ってもよいかもしれません。また「自信」は熱量(熱意)にも通じるものがありますので、「自信」を持つことは「確信」により強い説得力を持たせます。

研修の中の講義では「何を言っ(教え)たか」ではなく、「何が伝わった(何を得てもらえた)か」が重要なことになりますので、講師は人に何かを教えるという責任上“できる講師”になってもらわないと困ります。高飛車な態度や言い方が見え隠れする講師も反感や反発を受けますが、謙虚過ぎて「自信」が無さそうに振る舞ってしまう講師や「自信」の無さが伝わってきてしまう講師は、結局は同じくらい、あるいはそれ以下の講義の評価しか得られないのです。

「何を偉そうに!」と思われるかもしれませんが、実は私自身も講師を務めさえてもらうことがあり、このことを意識しつつもなかなかうまくできないというジレンマを持っています。毎回反省と改善の繰り返しです。でも、講師の反省は研修生に何の関係もありません。できない講師の講義を受けた研修生にしてみればいい迷惑です。やはり講師は講師という役割と責任を請けた以上、“できる講師”を目指して努力する必要があるのです。それは「自信」や「確信」の軸となる知識と技術のさらなる追求(追究)と伝え方・魅せ方の探求に他なりません。
その答えは人それぞれ違うのだと思いますが、人に何かを教える立場にいる方は、是非一度これについて考えていただけたら幸いに思います。
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