つい先日、森林総合監理士(フォレスター)育成研修の仕事で、岡山県新見市に行ってきました。新見市は岡山駅から特急列車で1時間程度の山間部にあります。駅前には住宅、少ないながらも飲食店、スーパーマーケット、学校、病院等が並んでいる歴史ある街です。ただ、駅を離れ国道や県道から入った市道、そしてそこから続く林道に入ると、森林と畑と田んぼに囲まれた昔ながらの部落が点在するようになります。研修では実際の山林(かなりの奥山)をフィールドとした現場研修を行いますので、そのようなところを幾度も通ります。当然ながら山の奥の方に行けばいくほど部落は小さくなり、田畑が荒地となり廃屋が幾屋も現れるようになります。廃屋と言ってもその佇まいは立派で、昨日まで人が住んでいたようにも見えます。おそらく住人が長年大切に手入れをしてきたのでしょう。それでも庭の回りや田畑に生い茂る雑草を見る限り、それなりの月日が経過していることはわかります。屋の佇まい、そして屋の裏で立派に成長している杉が生き生きと見えるだけに、何とも言えぬもの悲しさを感じずにはいられません。また、廃家の隣家の田んぼでは、黄金色に実った稲穂がきれいに並んでおり、より一層廃屋が淋しそうに見えます。廃屋の住人はいったいどのような気持ち、理由でこの地を去ることになったのでしょう。

 このような場所は無論ここだけに限ったことではありません。全国各地のあちこちに点在しています。部落全体が廃屋となり、部落そのものが消滅してしまったところも数多くあります。部落を支える多くはお年寄りですので、月日が経てば当然そうなるでしょう。長年人が住み、それぞれの土地に合った暮らしの中で築いてきた景観や風土、文化は財産であり、何とかそれらを守れないかという思いは誰しも抱きます。だからと言って、廃屋の住人に代わってその地に簡単に住めるものでもありません。田舎暮らしに憧れる都会人はたくさんいますが、憧れている通りの暮らしが出来るところはそう多くはありません。

 仮にあったとしても、それを知る術を知らないというのが実態だと思います。昨今、たまにテレビ等で、これ以上の過疎化を食い止めるべく、新規移住者に対するメリット措置を掲げ頑張っている市町村制度等が紹介されていますが、広報、宣伝が不十分で、届けたい人に届いていないのだと思います。人口減少の一途をたどる日本において、このままいけば間違いなく地方都市の過疎化、衰退は加速していきます。それは皆わかっているはずなのですが、まだ大丈夫、何とかなる、自分がしなくとも・・・という思いがどこかにあって、今やるべきことがあるはずなのに、理由をつけて避けているようにも思えます。勿論私自身もです。でも、分かっていて手遅れにしてしまうのはダメです。ささやかでも、今出来ることを探してみたいと思います。
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